2014年7月25日金曜日

長寿の秘訣は「きょういく(今日行)」と「きょうよう(今日用)」である。      




 ・岡山高退連の学習会が、7月24日(木)岡山労金ビルの5階で開催されました。

35度の猛暑の中、約100名ほどの人が集まりました。
 ・第1部の講師は、日本高齢・退職者団体連合の羽山治美 事務局長さんです。羽山さんは、千葉県生まれ、NTT労組出身で、事務局長になって4年目、75歳だそうです。
 ・日本の社会保障制度の特徴についてわかりやすく説明をしていただきました。その後、平均寿命と健康寿命の説明がありました。

 

平均寿命(平成22年)は
  *女性 86.30歳(世界2位・・・1位香港、3位スペイン)
  *男性 79.55歳(世界8位・・・1位香港、2位スイス)

 一方、健康寿命(平成22年)は、(健康寿命とは、介護が必要なく自立した生活ができる生存期)
  *女性 73.62歳(平均寿命との差 約13年)
  *男性 79.55歳(平均寿命との差 約 9年)

 ・平均寿命と健康寿命の差、男性9年、女性13年、この差を縮める対策は
「きょういく」と「きょうよう」である、とのことです。

 「今日行く所がある」「「今日用事がある」すなわち「今日行」と「今日用」です

 ・「今日行」「今日用」の日々の連続で、健康寿命を伸ばそうと思いました。

 ・その後、高退連政府統一要求の具体的な説明がありました。

 
・第2部の講師は、連合岡山の新谷博美 副事務局長です。
 ・「年金積立金はだれのもの?」と題し講演がありましたが、難しかったです。
 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に年金積立金の運用を任せるしくみです。



 ・「政府とGPIFが、私たちが払い続けている年金保険料の積立金を国内債券中心から、株式、不動産やインフラ(電力、ガス、鉄道等)投資などリスクの高い運用に舵を切る方向で見直しを進めています。

 その内容は「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」の報告書(平成25年11月20日公表)のとおりということで、その説明がありました。その概要版をそのまま写真で載せてみます。私自身、言葉の意味がよくわかりませんでした。
 概要版は①運用目標・方針②ポートフォリオ(運用対象)③リスク管理体制等のガバナンスの見直し④エクイティ資産に係るリターン最大化 となっています。
 その中には、株をやったことのない私には理解出来ないカタカナがかなりありましたので拾ってみます。皆さんわかりますか。
 デフレ、インフレ、ポートフォリオ、リスク、インフラ、ベンチャー・キャピタル、プライベート・エクイティ、コモディティ、ベビーファンド、基本ポートフォリオ、ベンチマーク、フォワード・ルッキング、スチュワートドシップ・コード
 以上の言葉の説明とともに概要の説明がありました。

 保険料を払っても運用に失敗したら泡と消えて、でも運用会社はきっちり手数料だけいただくっていうんじゃたまったもんじゃないですよ
 年金積立金の保険料はボクたちが払ったものなのに!

 概要版の「④エクイティ資産に係るリターン最大化」をそのまま以下に記載します。有識者会議の正式文書ですが、これって正式な日本語なのでしょうか?
 「・株式などのエクイティ資産への投資については、長期投資を前提としてリターン向上を目指す必要があり、投資先との緊密な対話や適切な議決権行使が求められる。このため、日本版スチュワードシップ・コードに係る検討を踏まえた方針の策定・公表を行い、運用受託機関に対して、当該方針にのっとった対応を求めるべき」


 

2014年7月18日金曜日

新・相生橋 OBだより98号(2014年7月1日号)掲載

新・相生橋は、十二年秋号から野田編集者が、この誌を通して会員間の相生を睦びつけるため設けられた。この欄を担当しているが、果たして会員の琴線を響かす文章となっているかと、原稿締切日が迫るとその脱稿に嘖まれる。けだし、書くことの難しさについて、著名な評論家・丸山眞男(一九九六没)が広辞苑を著した新村出を例えて次の文を残している。「新村は八十二歳の生涯に二十四万語を解説した辞書を昭和三十二年に出版した。出版祝会に新村は、『日本語の語彙は、永遠の生命を包み込むほどの深い味わいがあり、他国には求められない。愛について、二年の推敲を費やし、ペン先に体中の血液が浸む思いだった。』」と丸山著作集にある。書くことの重みをこの新村の所感に重ねるのは、いささか畏れ多いであろうか。

 前号で約した「感性と文化」について、制約があるので結論から述べよう。日本人の感性は、西欧人の感性が動情的であるのに対し日本人のソレは静情的であって、対峙している▼その要因は、日本人に古来自然崇拝の概念が備わっていたことによる。西欧における絶対的神を敬う一神教は日本には育たなかった。日本では、神・仏教において自然の中に無数の神・仏を見付けて、これを敬ってきたので、例外はあったが宗教対立による戦いは起こらず、自然と環境を守るというルーツが育った▼その根底には、農耕民として自然と共生する民族習性が培われ備わってきた。一方西欧は住まいを移動しながら自然を征服しようとする狩猟民であるので、生き方の違いがあった。日本人は、常に陽の光を崇め、花鳥風月に心を癒やす智恵が育ったのである▼こうした世界観の違いは、芸術の側面を見ると、動と静との感性の違いが明らかに理解できる。西欧の音楽では、音符の強弱の激しさと対立と喜怒哀楽感情。絵画では強い濃淡の色相。文学では愛と恋・生と死・怒りと受容との葛藤が高い芸術とされてきた▼一方日本の静では、豊かな象徴性をもって表現することに徹した。音楽では、琴・三弦・笙など雅楽に音階はなく、ひとの間と感で奏し、絵画では西欧の遠近法ではなく表面性とし、文学では俳句・和歌・謡曲などにみられるように、事実の表現でなく、たった一言一語で情感や自然界を表現してきた。また能・茶・華・武・剣の道は負者を立てる作法を旨とした象徴性で表現している。日本人固有の感性と文化が、今に伝承されていることを日本人は誇りにしたいものである。

(次号は県職労のつれづれを予定)(R・T)

新・相生橋 OBだより97号(2014年4月1日号)掲載

森羅万象の生命がいっぱいに広がり、新しい芽がふくらむ「張る」が語源の春がめぐってきた。自然が躍動する「春」である。「野に出れば人みなやさし桃の花」(素十)の句が、岡山の里山の風情にはよく似合う。前号で約したとおり、生命と健康について記す。

 春ほど待たれる季節はない。北欧の諺に「春の山は笑う。(夏以下略)」とあるが、心なごむ春である▼一方、人の誕生ほど待たれ、喜ばれることもない。OB諸氏にも孫の可愛さは、比類なき存在であると思う。その生命は何歳まで生きられるかという長寿は、古来から謎であったが、ソ連生命科学院が一九三四年「人間は、最適な生活習慣の下であるならば一二五歳説」を公表して以来、これが定説となっている▼この説は、いわゆる「足し算・引き算説」である。例えば、生活習慣の中で、深酒をした、肥満になった、過重労働した等の体に負荷を与えると一二五歳から引き算される。又食養生、快適さが足し算されるとの考え方である。今様の言葉で言えば、クオリティオブライフ(QOL)の実践が限りない健康寿命の享受である▼人は、六十兆の細胞で形成され、老化現象は、ひとつひとつの細胞が壊れて、四十兆の細胞になると死を迎えるとの学説が定説となっている。健康教育学では、知・徳・意を司る脳細胞(十四兆)を如何に活性させ働かせるかが、健康で長寿を全うさせることの理論と実際を説いている▼長寿と短命の職業を調査した文献があるのでその一例を紹介する。長寿者は、古典音楽家・宗教者・絵画と書道家、短命者は、スポーツ選手・力士・不定期労働者であった▼長寿者の中でピアニストと指揮者が顕著とされている。ピアニストの日常は、長時間毎日指を連動練習する。複雑微細巧妙に記された楽譜を脳が読み(暗記させる)これを指に伝える。その音色を脳細胞が感受していくことの連続である。脳細胞の働きが指に伝わり、指の動きが脳細胞を刺激する連続である▼最近PPKということばが、医療界で関心が寄せられている。「ピンピンコロリ(健康で寿命を全うする)」という意味である。健康寿命を別の表現をしている。最新の数値歳年を参考に記すと、男性は七十・四二歳、女性は七三・六二歳である。OB諸氏PPKでありますように祈ります。

(次号は「日本人の感性と文化」を予定)(R・T)

2014年7月17日木曜日

のんちゃんの あの人はいま ⑨ ~大林 洋一さん~ 『瀬戸大橋 写真展』に行ってきました。

大林さんの写真展を見に行きました



 いつも一緒に写真を撮りに行っていた「小河義明」さん(平成元年退職)に昨年の9月始め、自分が写した瀬戸大橋の写真を持って行ったところ、「この瀬戸大橋の写真で絶対に個展をせられえよ」と言われました。それから1ヶ月もしないうちに小河さんは亡くなられました。
 男同士の約束でもありましたので、小河さんの1周忌までには作品展をしようと思い、急遽
思いたって開催しました。
 ・・・と、大林さんは熱く語られました。

会場には、OBの方が次々に来られ、集まって、同窓会(?)をしておられました。
 そこで、大林さんと写真の前で1枚パチリ。





 写真は、上りゆく朝日から、沈んで行く夕日の順に四季折々の瀬戸大橋の景色が映されています。


愛用のカメラも展示してありました。




 これからは、鳥取の浦富の写真とか、上齋原とか奥津とか大山の写真の個展をすべし・・・・・と、友達からも言われており、続けてやっていきたいと思っています・・・と大林さんは語る

 大林さんの今後の活躍をOB全員応援してます。

2014年7月14日月曜日

第12回目の四国霊場めぐりに行きました。(野田雄一郎)


7月13日(日)第12回目の四国霊場めぐりに行ってきました。参加者約40名はバス2台で雨の中、岡山駅西口を午前8時に出発しました。
 今回は、第71番から77番を巡礼します。
 今回の最大の難所は、第71番弥谷寺です。駐車場から仁王門まで370段、そこから本堂までさらに170段の石段を登ります。



 
 





                             雨雲の様子を見ながら先に、第73番出釈迦寺に参りました。
 ここでは、求聞持大師に出会いました。「物忘れの多い方は是非ご利益をいただいて下さい。」と説明板に書いてありました。
 







次に72番曼荼羅寺に行きました。ここには、「不老の松」があったのですが、平成13年に枯れてしまったようです。
 











バスが弥谷寺に着いたと同時に、雲の流れが早くなり、雨が止みました。参加者の誰かが、「私が旅に出ると雨でも晴れになる」と言っていました。その言葉どおり弥谷寺の本堂に着いた時、晴間が見えました。
 













弥谷寺を出ると楽しみにしていた昼食です。四国八十九番所「四国館」にて、ここでしか食べれない(?)という釜あげうどんを食べました。うどんに腰がないと感じたのは、私だけでしょうか。
 



昼食後は、第74番;甲山寺、第75番;善通寺、第76番;金倉寺、第77番;道隆寺に一気に行きました。
 善通寺の5重塔、子授かり大師、延命地蔵、衛門三郎等々に出会いました。
 







ところで、行く先々で7福神まいりの旗が立っており、「四国霊場開創千二百年記念 七ヶ所まいり~七福神なで仏」の催しをしており、今回、巡礼した第71番~第77番がそのコースになっていたのに気がついたのは、霊場めぐりも終わるころでした。
 今回は、霊場めぐりが終わって時間があったので、世界のガラス館に寄りました。日本最大級の手作りガラス専門店だそうです。

 霊場めぐりも、後1回で終了です。ここまで、2年半もかかってしまいました。次回は、9月27日の予定です。12月には、お礼参りに高野山に行く予定です。

2014年7月4日金曜日

岡山高退連第32回グラウンドゴルフ大会に参加して(野田雄一郎)

 連合岡山高齢退職者団体連合(岡山高退連)主催の第32回グラウンドゴルフ大会が、岡山市北区北長瀬の「岡山ドーム」にて6月30日(月)に開催されました。

 岡山県職員退職者会から、私を含めて12名が参加しました。
 ABに分かれて、それぞれ8チーム、合計16チームで1チーム8人編成ですので、総合計128名の参加でした。ちなみに私は、他の参加者に誘われての初参加です。
 回りを見て驚きました。皆さん、マイクラブ・マイボールそれを入れるケースを持っています。靴はというと、マイシューズでそれにマイボールを貼り付けています。

 開会式では、塩見会長の挨拶の後、来賓として、連合岡山高橋会長、民主党代表柚木道義氏等の挨拶がありました。

 道具を借りにいきました。同じように道具を借りにきた人が10人ほどいました。
 クラブとボールとマーカーを借りて、始めてのグラウンドゴルフに参加しました。

 私が一緒に回った8人の人は、UAゼンセン、JP労組、情報労連、JR連合、JR総連
の退職者の方々でした。皆さん、1回から3回でホールポストに入れます。
 私はというと、3回から5回でやっとホールポストに入る状態です。何も知らない私に親切に打ち方を教えていただきました。

 8ホールを3回まわります。だんだん要領がわかってきました。
 これまで付き合いのなかった、他の団体のOBの方と和気あいあい楽しく過ごすことができました。なぜか、次回も参加してみようと思いました




 
 

2014年7月2日水曜日

四国八十八ヶ所霊場めぐり 同行記 (野田雄一郎)



 2012年(平成24年)8月26日、気温35度を超える猛暑の中、霊場めぐりは始まりました。1号車は、かすみ橋東の日之出運輸駐車場を出発、2号車は美咲町錦織の有本観光車庫を出発。岡山駅西口を8時にバス2台で出発です。
 この年は、4年に1度のうるう年、逆打が弘法大師に出会えるかもしれない縁起の良い年。ということで、88番の大窪寺から83番の一宮寺までめぐりました。
 「そうだ!心の旅に出よう」と突然の思いつきで始めた霊場めぐりですが、2回目から1番の霊山寺から順に回るようになりました。
 始めてから3年目になります。平成26年6月29日、第11回目の霊場めぐりです。
 今回もバス2台に分かれて、42名の参加でした。
 川之江ICを出て、最初に65番三角寺に行きました。三角の池があります。
 次に川之江ICで高速に乗り、大野原ICで降りて、66番の雲辺寺に行きました。
 雲辺寺は海抜千メートル、札所の中では1番の高所にあります。登山道には紫陽花が満開でした。ロープウェイで頂上に着くと、そこは雲の中です。気温17度でした。
 香川県と徳島県の県境をまたいで雲辺寺にたどりつきました。
 雲辺寺をでると、67番の大興寺、68番の神恵院、69番の観音寺を回りました。
 その後、観光を兼ねて、砂の寛永通宝を見学しました。
 最後に、70番の本山寺に行きました。本山寺の本堂は国宝に指定されていました。
 善通寺ICから高速に乗り岡山に帰りました。
 後、2回で八十八ヶ所すべての巡礼が終了します。その後は、高野山にお礼参りに行く予定です。