2023年8月9日水曜日

終活のすすめ30回 「この町が大好きなんじゃ」

 

社会福祉士(エンディングソーシャルワーカー)

  終活カウンセラー 上級         

          川上 恵美子




「まだやる事があるんじゃけどな・・・。みんなに後は任せたわ。書類は、いつもの棚にあるから。よう言っといてな」一昨年の十月、病床で父は何度も何度も呟いていました。

私の両親は愛知県出身。結婚を機に祖母が一人暮らしをする岡山へ養子に入りました。そこは五〇世帯一六〇人の小さな町で、外からきた人間に対して閉鎖的なところがある地区でした。父は、地域の人とどうすれば交流が持てるようになるかを考えました。

父は毎週末、地域の墓地へ出かけて行きました。自分だけのお墓だけでなく、墓地全体をいつも丁寧に掃除をしていました。掃除をしながら、お墓に刻まれた近所の人のご先祖様の事や、建立者の人の名前を覚えていたとのこと。「いつもお墓をきれいにしてくれてありがとうね」なかなか話す機会がなかった人でも、墓地で会うと皆さん笑顔で、昔話や地域の色々なことを沢山教えてくれました。父は、それがとても嬉しかったのです。

やがて父は地域の人に受け入れられ、少しでもお役に立てればと、墓地の管理者を引き受けました。今度は、「どうしたらもっとみんながお墓にまいってくれるか」を考え始めました。「桜公園を作ろう」と、墓地の裏山に桜の木を毎年みんなで少しずつ植えていきました。地域の子供が生まれた記念に、小学校に入学した記念に、結婚した記念にと、人生の節目においても桜の木は増えていきました。「お墓は亡くなった人だけの為じゃないよ。生きてる私たちにも大切な場所なんだよ」父はいつも言っていました。お陰で毎年、桜まつりが行われるようになり、小さな子供からご年配の方まで、普段交流の少なかった人たちの中に、楽しみな行事ができました。また、桜の時期だけでなく、子供会では「桜の木にみんなの名前のプレートを作ろう」、消防団では「ベンチを置こう」、老人会では「桜の手入れをしよう」、婦人会では「みんなが集まる時に御弁当を作って差し入れしよう」などと、桜の時期以外にも地域のみんなが集まる場ができました。そこには笑顔があふれていました。

「お父さんは、この墓地のご先祖様に助けられたんよ。そしてこの土地の人間になれたんよ。ここからの景色はええなあ。この町が大好きなんじゃ」とお墓から小さな町を見渡しいつも私に話してくれました。

「お父さん、もう少しで墓地の階段に手すりがつくよ。みんなが参りやすくなるよ」先日の父の三回忌に、墓前に家族・親族・近所の人達と一緒に報告することができました。

この町の墓地は、亡くなった人を大切にしながら、地域のコミュニティを作ってくれる大切な場所。父から私たちは沢山の事を学び、受け継ぎ、そして守っていく約束をしました。

コロナ禍で色々な不便な事もあると思いますが、是非皆さんも新しい年を迎えるにあたり、ご先祖様に「生きている・生かされている」ことへの感謝の気持ちを伝えてほしいと思います。